★小話024-走らないと

少年は不安げな表情を隠せないまま、何処へ向かうともなく、ただひたすら走っていた。
「どうしよう……オレ…オレ…!」
何かを言おうとするが、なかなか言葉には出せない。
「……姉ちゃんっ!!」
黄金に輝くその瞳には、うっすらと涙を浮かべていた。

1時間ほど走って、たどり着いた場所は、狐一族の住む村だった。夜ももうすぐ明けようという刻。まだ人の姿は、なかった……たった一人を除いては。
オレンジがかった金髪に碧の瞳をした少年が修行のために、ちょうど外に出てきたところだった。
「…トゥース!!」
金髪の少年は、びっくりして声のした方に顔を向ける。
「零斗?…どうしたんだ。こんな時間に……」
不安げな表情のまま、息も切れ切れ歩み寄ってくる零斗を見て、トゥースは、ただならぬ事態が起きていることを悟った。
「……まさか、…壱流の身に何かあったのか…!?」
「……あれは…あれは、オレがやったのか…?なあ、教えてくれ、トゥース!! あれは、オレがやったのか…!!?」
零斗は、狂ったように何度もそう叫んだ。そのまま、泣き崩れるようにして、しゃがみこむ零斗をトゥースが支える。
「落ち着けっ!零斗!一体何があった!? ……いや、言わなくても、だいたいは想像できる……とにかく落ち着け。零斗! お前は何も悪くない!」
その言葉を聴いたと同時に、零斗は叫ぶのをやめ、何かに怯えるように震えていた。
「……想像…できる…?? どういう…ことだ、それは。トゥース…お前、我の何を知っている?」
急に零斗の顔が、不安げな表情から恐ろしささえ感じさせる冷たい形相へと一変した。そして、自分を支えていた、トゥースの腕を強く払いのける。
「れ、零斗…!?」

「…トゥースとやら、……お前、どこまで我のことを知っている。……返答次第では、お前もあの壱流という娘と同じ目にあうことになるぞ…」
とても同じ人物とは思えないほどに重苦しい口調に、トゥースは、驚きを隠せなかった。
(これが……壱流の言っていた……ダーク零斗…か?……想像以上だな。ものすごい殺気を感じる…。まともに戦ったらさすがに、ヤバそうだ………だが…!)

そのときだった。まだ薄暗かった辺りを、朝日が照らした。
「…くっ!朝か!? ……残念だ。これから、たっぷりお前と話し合おうというところだったのにな…。トゥース…また会えるのを楽しみにしている…」

零斗は、不敵な笑みを浮かべながらそう言い残し、その場に倒れた。
トゥースは、とても複雑な表情で、しばらくじっと零斗を見つめていた。

「そうだ…。壱流は…、壱流は大丈夫なのか…?」
そう言うと、トゥースは、気を失った零斗を背負い、山猫族の村へと急いだ。

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